2007年5月28日

こんなんで給料もらっていいんか?

私の会社は通常の金融機関と同じく、(建前は)土日はしっかり休みの完全週休二日制です。
すると一ヶ月20日ちょっとの営業日があるわけで、初任給を考えると、大体一日一万円程度もらっていることになります。
現在OJTということでプロジェクトに配属されておりますが、仕事が与えられないときは実質的に放置プレイです。


というわけで、最近オフィスで暇な時(決して仕事をサボったり、怠けているわけではないが)にやったことを反省の意味も込めてまとめます。

・上司に大量の資料のコピーを命じられ、三時間ほど最大4台のコピー機を占領してコピーを続ける
→指示されたことだからやむ得ないが、コピーなんて小学生でもできるのに、これで給料をもらっても良いのかと罪悪感を感じる

・自習・自己研鑽と称して、ひたすら自分の勉強をしていると一日が終わっていた
→遊んでいるわけではないにせよ、学生と同じことをしていて給料がもらえるのは不思議

・午前中に議事録作成が終わったので、午後からkakuto.comの翻訳の手伝いをず~っとやる。
→百歩譲って、英語のスキルの向上には役立つが、どう考えても、仕事とは何の関係もない

・最近ガーデニングに興味を持ったので、インターネットでリサーチしていると、いつの間にかランチタイムになっていた
→引きこもり系の人間はインターネット好きなので、ある程度やむを得ないと割り切る

・思いつきで、論文を探し、それをず~っと読む。
→一歩も譲らないで、論文の技術は仕事に役に立つ(はず)が、直接仕事とは関係ない

・午後の出張に備えて買ってきたベルトが長すぎたので、午前中デスクでチョキチョキ工作する
→何歩譲っても、明らかに仕事ではない

こんなことで日給約一万円もらっても大丈夫なのか疑問です。

まあ、上司の指示で「打ち合わせ」と称して、会議の後で一杯1000円以上するコーヒーを飲むこともあったり、社会人は無駄なことが多いのかな、と思いました。しかも打ち合わせと言っても、単なる雑談だったので、この会社というか日本の社会は大丈夫なのかと不安になりました。
まあ私は言われたことをこなすだけなので、そんなもんでしょう。もちろん、そういう地位に甘んじているつもりは全くありません。

2007年5月27日

日々の勉強

社会人だからといって勉強しなくて良いわけがありません。日々勉強、一生勉強です。


どうもわが社に限らず、実務では専門用語(jargon)が頻繁に飛び交う傾向にあり、なかなか私のような外部というか素人に説明するのはうまくないのかもしれません。

話を聞いてもわからなかったり、足りなかったりすることが少なくないので、学生時代と同様にまずは啓蒙的な文庫本や新書の類を読み漁っています。基本的に、川崎市内の図書館にあるもので済ませて、自分で高いお金を払わないようにしています(払えない)。初任給といっても、たいしたことはないです。


  • 金融工学の挑戦―テクノコマース化するビジネス (新書) 今野 浩 (著)

  • 国と会社の格付け 実像と虚像
格付けに関しては、実務寄りの本を何冊か読んだような気がしますが、忘れました。普通の図書館ならどこにでもあるような本だったと思います。それら全てを厳密に理解したわけではありませんが、何となく概要をつかんだので、良しとしました。
私は格付けのリバース・エンジニアリング(つまり、どのようなメカニズムでその判断しているかを分析すること)をやろうと思っていました。しかし、どうもある程度の主観的な判断が含まれていたり、我々一般人が入手できない内部情報や非公式情報などを利用しているようなので、あきらめました。
日本人は権威に弱いのかもしれませんが、所詮格付けも主観的な判断に過ぎないので、それが絶対に正しいとは言えないはずです。知識がないから権威に盲目的に服従してしまう、それはできれば避けたいですね。

で、自分の肌に合う本は、やっぱり学者が書いたものということがわかりました。下手に実務寄りだとお子様相手に書かれていたり(俗っぽい?)、かといって簡潔に書こうとすると学術の分野で張り合っている学者にはかなわないような気がします。
この東工大の今野先生が書いた本は、理工系の学部生(以外)にも非常にお勧めしたいです。私も電車の中で読んでいたので数式を追うことはしていませんが、難しくてわからなければその辺はスキップしてください。本全体の解釈について大した支障はないはずです。
学者が命をかけて(?)勉学に励むという姿勢を学んで欲しいものです。ず~っと勉強していることは非常に暗い人生に見えるかもしれませんが、そういう人生もまたありなんだと思います。 


学生時代には、お金の話はどうも無機質な感じがしたり、専門用語が多くてあまり興味を持っていませんでした。しかし、これらを読んでからファイナンスの勉強を始めると、非常にとっつきやすくなりました。他にもビジネス誌などを立ち読みしたりと、業界のトレンドにもアンテナを張るようにしています。勉強だけできても、実務を知らないと仕事ができません。
常に勉強という姿勢は、サラリーマンになっても忘れずにいたいものです。




この手の文庫本・新書はブックオフなどで比較的容易に入手することができます。先日以下の本を入手しました(合計700円)。

・日本の地下経済 (門倉貴司

・日本の経済格差 (橘木俊詔

これらは、個人的な研究用(趣味)です。
最近アンダーグラウンドに興味を持っていたので、ゲットしました。まだ途中までしか読んでいませんが、この本の要約に相当するレポートが浜銀総合研究所に上がっています(こちら)。地下経済というのは、確かに多くの人に受けそうな興味深いトピックだとは思います。
このレポートはざっくり読みました。地下経済がGDP数パーセントに相当するという結果は、2つの推定方法の整合性からも妥当だと思います。しかし、これは論文の書き方ではない(その手法を用いるのが適切かどうか、本文から判断しかねる)ので、それについてもコメントできるよう勉強します。書き手のせいで、この本を買わなければならないというビジネスですね。今のところ、引用されている論文をダウンロードできれば読む予定でいます。
ビジネスマンが書いた論文を一度は読んだことがあります。それと同じように、この本もどうも引用の仕方やロジックの展開が甘いと感じることが少なくありません。
インプット(自分が消化吸収)できないものはアウトプット(応用すること)できないので、論文を十分読めない人は論文を書けません。練習についていけない人は試合でも付いていけないというのと同じです。私は修士二年でそのことを常に思い知らされてきましたし、今でも思い知らされています。

「日本の経済格差」は、私の友人(某ボクシングジムのトレーナー)の指導教官橘木先生の本です。買ってから知りましたが、エコノミスト賞を受賞している本なのですね。読むのが非常に楽しみです。
実は、この不平等に関するネタで論文を書こうと思っています。できるかどうかまだわからないので、詳しくは秘密です。

東大に行ってきました

いろいろ書き途中の記事があるのですが、生存報告も兼ねて最近の情報を。

平日は仕事だけの日々ですが、週末こそ人脈を広げたり、友人とのネットワークを充実させる時間としています。もちろん、休日出勤(自己研鑽なので給料はもらえなくても)の時もありますが。

というわけで、はしかが流行しているにもかかわらず、同期の友人(元東大受験者で、大学院は私と同じ)と人ごみあふれる東大の文化祭に行ってきました。
高校時代は思い出したくもない私の不毛の時間(I was a Rock'n Roller far from studying)だったので、東大はとても目標にするほどでもありませんでした。しかし、優秀な同期に連れられて行くと、落ち着いたキャンパスでとても良い印象を持ちました。
大学院と比べると、何より本郷キャンパスは平地だし、駅から近いし、東京の中心地なのに緑が多くて良かったです。優秀な友人もできるだろうし、もし人生をやり直せるなら、日本で学者を目指してここを目指すのも悪くないかな、と思いました。
そういえば、わが社には奨学金制度があるので、ここで博士号をとればいいわけですね。社会人博士は東大に多いんですかね。

といいつつ、優秀な友人というのは非常に名残惜しいですが、それ以外については、自分の人生なのでどうでもいいや、という感じです。自分はドロップアウトしてから、自力でまっとうな道(?)に戻ってきた(ある意味別の道を歩いている?)と思っているし、良い意味でも悪い意味でもドロップアウトしなかった連中とは違うと自覚しています。
そういえば、昨年末高校の同窓会が地元平塚市でありました。一週間前に友人経由でメールが回ってきて、大阪から出席しました。名簿がなかったのでそのような手段に頼らざるを得なかった点は同情しますが、主催者もこのご時世にホームページくらい作ってアナウンスしろ、と思いました。
で、何が言いたいかというと、おそらく彼らはドロップアウトせずにまっとうな道を歩き続け、今彼らの多くは典型的な大企業に勤めています。
なぜかはよくわかりませんが、彼らとは合わないような気がしました。そう思っていたのは確かに高校時代からです。私は特別親しくない友人と馬鹿騒ぎする趣味はないので、高校の同窓会は今後も行かなくてもいいや、とまた人付き合いの悪さを自覚しています。
何が言いたいかというと、人は人、私は私で、日々修行の毎日です、ということでしょうか。

その後、文京区の日本サッカーミュージアムに行ったり(WE10を買いたくなった…)、ディスク・ユニオンと秋葉原のヨドバシカメラで買い物をして、後で合流した友人合計4人で風月で食事して、HUBで飲んでました。多く支払ってくれたO君にここで感謝いたします。
私は別にmajorityではないが、minorityとして何とかやっているもんですね。詳しくは村上龍の小説を読んでください。彼の多くの作品のテーマはそういう雰囲気があります。そんな人生もアリかもしれません。

2007年5月10日

私の仕事②

では、なぜ私の仕事が貸し手にとって重要で意義があるのか、日本経済全体という広い観点から(若干誇張気味ですが)考えてみましょう。やや概念的な話で正確さを欠きますが、経済学を全く知らない人にイメージをつかんでもらえればOKとします。

借り手(企業)にとって、借りたお金で将来に投資(工場を建てるなど)して、それ以上の収益に変えて、利子をつけて銀行に返す。それでも十分利益が残ればハッピーな借金になります。
貸し手(銀行)にとって、一定期間貸したお金が将来にそれ以上の額になって戻ってくれば、ハッピーな融資となります。
このように借り手も貸してもハッピーになれるようにお金が十分に流れることが、良い景気の指標のひとつとして考えられています(ちなみに、お金が流れるから好景気なのか、好景気だからお金が流れるのかという因果関係はまだはっきりしていません)。
お金を返せなくなった場合、つまり、お金の流れが止まってしまった場合、お互いが不幸な状況となります。
日本の失われた10年(長い不景気)の要因のひとつとして、適切に資金が流れなかったという仮説が挙げられています。しかし、いまだ明快な結論は出ておらず、現在進行形で研究が続けられています。確か私の先輩がこのテーマで論文を書いていました。

金融という言葉は難しいように聞こえます。
これを人間の身体で表現すると、血液の流れみたいなものです。我々が激しく運動すると、心臓がバクバクして、たくさんの血液が流れます。この時、必要な酸素や栄養がより多く身体中に送られています。
激しい運動ほど良い景気で、より多く血液が流れることがより多くお金が流れることとしましょう。
銀行の役割というのは、身体の運動状況を把握して、適切な量の血液を身体中に送る臓器の機能を果たしているいえます。
銀行が誤って不適切な血液の量を流してしまうと、血液不足で身体が動かなくなってしまったり、無駄な量の血液を流して余計な負担になります。これは、身体全体にとって良いことではありません。


私の仕事というのは、銀行が適切な企業だけにお金を貸せるように、意思決定の手助けをすることです。具体的には、借り手に関する膨大なデータを分析し、数理モデル(思い込みでない科学的手法)を用いて、将来返せなくなりそうな企業を見つけ出すことです。これには、相当な時間と専門的知識が求められます。
この仕事の社会的意義を思うと、日本の景気を左右しかねないほど重要なものだ、と勝手に認識してがんばっています。

まだ続く

2007年5月9日

私の仕事①

四月は新しい生活に忙しかったので、更新をサボりました。また、現在テレビが家にないので、サッカーも見られません。

私の仕事はおそらく世間一般の仕事からすれば、おそらく非常に特殊です。自分の仕事が世間的にほとんど認知されていないことがわかってきたので、ブログでぼちぼち説明していこうと思います。

幸いなことに、私は多くの親戚に就職祝いを頂きました。そのお礼も兼ねて連休中にご挨拶に伺い、自分の職業を説明しました。しかし、基本的にほとんど通じないのが現状です。
ちなみに、私の母には何度も何度も説明して、ようやく仕事の意味がわかってきたのかきていないのかというレベルの理解度で、製造業に勤める私の父は全く意味がわかっていません。私の祖母は全く理解できていません(報道機関か銀行だと思っている?)。
これまで何人にも私の仕事を話してきた経験から、ある程度の教育を受けた人でないと(かなりのマイノリティです)、残念ながら私の職業が意味不明というか興味が全く持ってもらえないことがわかってきました。
今回は、極力専門用語を使わないで私の仕事を伝えられるようがんばってみます。

私の職業の日本語での肩書きは金融コンサルタント、英語で書くとmodeler(定義はこちら)となります。後者の呼び方は、最近知りました。私はこの呼び方が気に入っています。
コンサルタントといっても、システム系やら経営コンサル(外資系など含む)やらいろいろありますが、中には口先でごまかして何の解決(ソリューションと呼ぶ)もしていないインチキ会社もあります。
私の仕事を硬く説明すると、非常に複雑なデータを分析し、ある意思決定のための数理的なモデルを作ることです。特に、金融系のデータが多いです。

例を挙げてみましょう。
銀行の経営を成り立たせる業務のひとつとして、会社に一定期間お金を貸して、利子をつけて返してもらうことが挙げられます。貸したお金が全部返ってくれば問題ないのですが、実際には一部の企業が返せなくなることがあります。それは、銀行にとって非常に大きな問題になります。
このような企業融資だけでなく、消費者金融、自動車ローン、住宅ローン、奨学金(現在返済中!)など、何かしら借金をした人は少なくないと思います。
もし私が奨学金を返済できなくなった場合、親や親戚が連帯保証人になっているので、そちらに借金の負担がかかります。借りたお金は、契約書に記載されている通りに返さなければなりません。
私の仕事は、お金の借り手に関する膨大なデータを分析し、モデルを構築することで、借金を返せなくなる可能性のある人や企業などを判断することです。

続く